クルーザー安全講習会、無事終了
2012年から2013年にかけて国内においてクルーザーヨットからの落水による死亡事故が3件起きており、そのうち1件は福岡市ヨットハーバー(小戸)に係留しているヨットで、身近なヨット仲間の方が帰らぬ人となりました。ヨットに乗るものとしてこのことを大変重く受け止め、このような不幸な事故が起きないようにという思いでクルーザーヨットのクラブ団体である玄海ヨットクラブ(GYC)、福岡ヨットクラブ(FYC)、博多ヨットクラブ(HYC)が合同で、そして福岡市ヨットハーバー管理事務所の全面協力で4月13日(日)に「クルーザー安全講習会」を開催しました。当日は生憎の小雨交じりの寒い一日となりましたが、106名のオーナー・クルーの皆様にご参加いただきました。 ※写真は左から順に経過を表しています。また画像をクリックすると拡大します。
主催団体を代表して玄海ヨットクラブ末松会長挨拶の後、午前中の2時間、東京から来ていただいたJSAF日本セーリング連盟外洋安全委員会の大坪委員長から「落水しないための対策、落水した場合の対応」をテーマに講話をしていただきました。「JSAF外洋特別規定2014-2015」を参考テキストに、艇長・オーナーの責任や艇と乗組員の安全確保、自分の身は自分で守ること、絶対に海に落ちないこと、自分の体力を再認識することの大切さなど、これまで自分では分かっているつもりでいたことを改めて確認することができました。落水対策ではご自身の豊富なレース参加経験をもとに安全ハーネスを留めるジャックステイの設置位置や安全ハーネスのフックの種類、ライフジャケットのいろいろなど実物を掲げて説明があり大変参考になりました。
あまり目にすることのないライフラフト(救命いかだ)を膨張させて会場の玄関前に展示して、昼休み時間に受講者の皆さんに見学してもらいました。Second Loveさんから提供していただいた8人用のライフラフトの炭酸ガスボンベに繋がっているロープを一気に引っ張ると、ポンという音とともに一段目、二段目の気室が順次膨らみ始めました。一段目は5秒ほどで二段目も10秒ほどである程度膨らみました。最後に屋根部分がしっかり立ち上がるには数分を要しました。
午後からは福岡市消防局救命課の救急救命士を講師に「応急手当やAEDの取扱い」、「低体温症」の話をしていただき、最後に受講者を見渡してかなり高齢化が進んでいる状況を鑑み「脳卒中」の話をしていただきました。
続いて福岡海上保安部の交通課、警備救難課から話をしていただきました。管内の海難事故の状況では、プレジャーボートの事故は「乗り上げ」が一番多く、博多湾内の能古島やアイランドシティの周囲が非常に多いとのことでした。意外にも湾奥の陸地に近いところで事故が起きています。ヨットでいつも近くを通っているので注意をしましょう。事故に遭遇した時などの緊急通報では、人命に関わることなので後々の事情聴取や書類作成などのことを考えずに、すぐに「国際VHF16チャンネル」や「携帯電話」で海上保安部に連絡を取っていただきたいとのこと。携帯電話は「118番」をダイヤルすると海域を管轄する海上保安本部の指令センターに直接繋がります(福岡、佐賀、長崎、大分、山口の一部の海域は北九州市門司の第7管区海上保安本部)。携帯電話の通報ではGPS機能のon,offに関わらずに発信者の位置が誤差10m以内で分かり、管轄する海上保安部(海上保安署)に所要の態勢を指示するようになっているとのこと。また落水者を引き上げる際に便利な手作りの簡易引き上げロープの見本の紹介もありました。室内での座学はこれで終了し、パラパラと小雨の降る中をディンギーヤード突端の岸壁に移動しました。
実技編の最初は火せんや信号紅炎など信号弾の発射・点火訓練です。先ずは海上保安部から信号の種類と点火の要領の説明があり、受講者が実際に手に取っていよいよ点火します。最初は火せんでパーンという音とともに信号弾が勢いよく上空(100m位の高さ)に飛び出し火炎を発しながら海に落ちていきました。火せん10本、パラシュートフレア(落下傘付信号弾・200m上昇)4本用意していましたが、ちょうど風が強くなってきたので海上保安部の判断で打上げを中止しました。信号紅炎は大丈夫なので受講者が交代で信号紅炎を点火しました。
最後に今回のハイライトである「落水者救助訓練」です。岸壁前のゲストポンツーンに係留した3艇のヨット(25フィート、32フィート、40.7フィート)で落水が発生し、それぞれの方法でヨット上に引き上げる訓練を行いました。強風で波の高い海を帆走中、機帆走中に大きな横波を受けてヒールした際にクルーが落水したという想定のもとに落水者確保、引き上げまでの手順を実践しました。
1番艇(25フィート):落水者に救命浮環を投下しヨットに引き寄せて、フリーボードが比較的低いので大人二人がかりで舷側からの引き上げを試みるがなかなか引き上げられず、スターン部に移動して何とかヨット上に引き上げることができた。
2番艇(32フィート):落水者にライフスリングを投下しヨットに引き寄せて、4:1のテークルを組んだ引き上げ装置の一方の端をメインハリヤードに取り付けデッキ上2.5~3mの高さに固定し、反対側を落水者に取り付けて大人ひとりでテークルのロープを引き込んで吊り上げていく。かなり軽々と持ち上げることができた。
3番艇(40.7フィート):実際に2013年5月に対馬北方海上で起きた落水事故を再現する形で行った。当時は海象条件が急激に悪化して風速も35ノットを超え波も5m近くになってきたため、クルーがマストサイドに立ってメインセールを下す作業をしていたところ、大きな横波を受けて60°近く傾いて起き上がったときにマストサイドにいたクルーが見えなくなった。慌てて姿を探したところ、右舷デッキ上のジャックステイが舷側の外に伸び切っていて、そこに安全ハーネスが繋がっていたため海面を見るとクルーが落水して引きずられていた。デッキ上に腹ばいになってハーネスを掴んで必死に引き上げようとしたが体重と水の抵抗でまったく引き上げることができなかった。そのため別のロープを落水者に取り付けてジャックステイを切断してスターン部に移し、スターンから引き上げたが大人ふたりがかりでも相当困難でした。(※実際は何度試みても引き上げることができず、海上保安部のヘリコプターの到着を待ち、ロープを切断して海に流して後方の海面に待機していた救難隊員に確保されてヘリコプターに収容された。)
最後に、サプライズでライフラフトへの乗り込みのパフォーマンスを行った。落水者役の大学ヨット部員が海に飛び込んでラフトへの乗り込みを行ったが、二気室のため高さがあるのと本人もライフジャケットをつけているため結構苦労していた。JSAF大坪氏は、海中からの乗り込みは大変なので、ヨットの上からラフトに飛び込むようにした方がよいとコメントされていました。
今回の安全講習会は「命」にかかわることであり多くのオーナー、クルーの皆さんの関心も高く、座学、実技とも熱心に受講されていました。JSAF外洋安全委員長の話では「自分の身は自分で守ること」が大原則でありとにかく海に落ちないこと、自分の今の体力を知っておくこと、消防救命課の話では人工呼吸などの「応急手当」が非常に大切であること、「低体温症」への対応を理解しておくこと、おまけで「脳卒中」の疑いがあるときはすぐに救急車を呼ぶこと、海上保安部の話では運航するときは海図などで海域の状況を調べておくこと、緊急時には躊躇せずに「118番」に電話するなど海上保安部に連絡を取ることなどがポイントでした。
実技編では、大半の方が信号弾を実際に手に持つことが初めてであり、ましてや点火することなどここ何十年もなかったのでいい経験になったとの声が多く、落水者救助では3パターンの引き上げ方法を間近で見学することができて自分のヨットではどのようにしようかと考えるいい機会になったとの声が出ていました。今回落水者役をしていただいた日本経済大学、福岡歯科大学のヨット部の学生さん、寒い中を本当にお疲れ様でした。
なお「JSAF外洋特別規定2014-2015」は日本セーリング連盟外洋安全委員会のホームページからダウンロードできます。